増量・誰も知らない名言集/リリー・フランキー


増量・誰も知らない名言集ダメ肯定の甘い誘惑

リリー・フランキーというひとはイラストレーターということになっている。実際テレビや雑誌、広告等でそのイラストを見ることはよくあることなので、肩書きはそれでいいのだと思う。 しかし僕はこの人をナンシー関亡き今、日本最高の笑い系コラム書きと認識している。

そこでこの名言集だけど、自分の周りの人間が言ったことで引っかかったものを取り上げ、その経緯を説明するというもの。 こういうネタ日記みたいなものは特に新しいものではなく、ブログバブルな2004年11月現在、自分で公表しているひとも少なからずいるはずなので、その人たちにはわかると思うけど、実は簡単じゃない。というか面倒くさい。 体験をそのまんま書いたり話しても、意外とすべることが多いはず。主な理由はやっぱりライブ感がないから。よほどの大ネタでない限り、そのライブ感を出すためには順番をいじったり、脚色したりの作業が欠かせない。本当に面倒くさいと思う。その点やはりナンシー関は偉大で、それだけの面倒を軽く書いてしまった。
あまりに軽く、簡単に見えてしまったが故に安易なフォロワーを生んでしまったという害もあるのだけど、最後にリリー・フランキーというひとにバトンを渡せたのでまあ良かった。僕はそう思っている(彼女のおそらく最後の本はリリー・フランキーとの共著『リリー&ナンシーの小さなスナック』。あとがきが泣ける)

タイトルをひとつだけ引用させていただく。

> 中で出してないからやってない

最低だ。だけど同時に羨ましくも思ったりする。そんな最低なひとがきちんとコミュニティーの一端を担っていることがだ。何ができるコレを知っているでなく、下手をするとダメ人間と呼ばれてしまうかもしれないひとたちが、その個性だけで認められて、ある意味敬意すら払われている。人間関係を突き詰めていくと、案外それが一番幸せってことなんじゃないかと思わされる。
しかしここにはちょっとした罠がある。これを個人的に村上龍流(リューリュー)と呼んでいるのだけど、一人称である自分をそれほどの個性を持ち合わせないが、いっちゃってる人たちには一目置かれているというポジションに書く。すると読者はそう想像力を働かせなくても現実の自分の立場から感情移入がしやすい。そうやって感情移入が完了している状態であれば無茶苦茶な話にも違和感を持たず、楽しく書いてあれば楽しく感じるのではないかと。
実際この中に書かれている多くはかなりハイレベルに鬱陶しい人間である可能性が高い。単純に友人から、その知人の話として聞いたら、なんだそいつと反感をもつことも少なくないのではないだろうか(それでも「中で出してないからやってない」は笑ってしまうと思うけど)。ここまでダメでも良いと思わせるのは、ひとえにリリー・フランキーの演出力によるものだと思われるのだ。

この文を書ける人にして、意外なことにときどきハズレ、というかピンとこない仕事もするのだけど、この名言集と、観ないで書いたものもあるという日本映画コラム集『日本のみなさんさようなら』、ストリート系雑誌に連載していたというけどあまりに誰の記憶にもない雑誌なのでちょっと嘘なんじゃないかと疑っているコラム集『女子の生きざま』の3冊は名著。よーくチェックしておくべき。

(KOM:04/12/01)

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